海のふるさと館にも木枯らしが吹き始める10月下旬。
留萌市在住の吉田和樹さん(58歳)から依頼を受けた。
依頼内容は50年前に自分を5年ほど育ててくれた継母を探したいという内容だった。
和樹さんの母親は、和樹さんが2歳のときに病気で亡くなられた。
その後、和樹さんは祖父母のところで育ったそうです。
和樹さんの祖父、父は留萌市で水産加工所を営んでいた。
父は母が亡くなった2年後、再婚をした。
留萌市に働きに来ていた女性(真知子さん)と知り合い、再婚をした。
和樹さんが4歳のときだった。
和樹さんは今でも、真知子さんと初めて会った時のこと、カレーライスを作って食べさせてくれたことを昨日のことのように覚えている。
真知子さんはとてもやさしいお母さんだった。
実の母が幼いときに亡くなり、母の記憶がない和樹さんにとって、初めての母のようだった。
保育園に通っていた時は、いつもかわいいお弁当を作って持たせてくれた。
小学生になっても、雨の日は必ず傘を持って学校に迎えに来てくれた。
だが、和樹さんが小学校3年生のとき、真知子さんは家を出て行った。
父と離婚することになったからだった。
父と真知子さんの離婚の理由は今もって和樹さんは知らない。
父も昨年、亡くなった。
和樹さんは母 真知子さんが家を出ていく最後の日、近所のスーパーでたくさんのオヤツを買ってくれた。
そして、「和樹は私の子だよ」と母が泣いていたのを忘れられない。
父も亡くなり、父から受け継いだ会社も安定してきた。
和樹さんも結婚し、子供も独立している。
そして思い出されるのは、母 真知子さんのこと。
和樹さんは奥さんに背中を押され、当社へ母 真知子さんの調査を依頼されたのだった。
さっそく調査を開始する。
調査は2か月を要した。
年が明け、1月、真知子さんの居所が判明する。
佐藤真知子さんは83歳で滝川で一人暮らしをされていた。
和樹さんの父と離婚後は滝川に移り住み、病院の厨房で働き続け、今は年金で暮らされていた。
以上を依頼人である和樹さんに報告をする。
和樹さんは探偵の報告を聞きながら、ひたすら泣いていた。
探偵の報告を聞いた後、すぐに和樹さんは車に乗り込んだ。
滝川へと向かうというのである。
時間は午後5時、あたりは吹雪。
探偵も滝川へ向かうことにする。
和樹さんの車は滝川へと走った。
午後8時、和樹さんの車が真知子さんのアパート前に到着、すぐに2階202号室へと走った和樹さん。
外にいる探偵にも和樹さんと真知子さんの声が聞こえた。
「母さん、遅くなってごめんね」「本当にごめんね」
「和樹だね、大きくなって」「母さん、毎日毎日、和樹に会いたかったんだよ」「和樹なんだね」と。
二人はひたすらに泣いておられた。
10日後、真知子さんは和樹さんの住む留萌の家に引っ越された。
和樹さんの奥さんも快く承諾してくれたそうです。
和樹さんは何度も何度も探偵に言ってくれた。
「探偵さん、ありがとう、ありがとう」「これでたくさん親孝行ができるよ」・・・・と。
