阿寒湖に粉雪がまう12月。
釧路市在住の田中由美子さん(45歳)から依頼をいただく。
内容は6年間、一緒に暮らしていた佐藤信之さん(51歳)の行方調査であった。
由美子さんは看護師、信之さんは建設作業員として働いていた。
一週間前、由美子さんが夕方、仕事から帰宅すると、テーブルの上に封筒がおいてあった。
その中には便箋8枚の手紙が入っていた。
手紙には由美子さんへの感謝の言葉がつづられていた。
かこいながら
そして、家を出ることの謝罪、探さないでほしい との言葉だった。
前日は二人で鍋をかこいながら、いつもの風景だった。
手紙を読みながら、涙がとめどなくあふれてきた由美子さん。
すぐに由美子さんは、信之さんが働いていた会社へ向かった。
社長がまだ残っており、手紙を見せながら、社長から話を聞いた。
信之さんは3日前に会社を辞めていた。
信之さんが社長に「すみません、今日をもって退職させてください」と言ってきたそうだ。
社長も「なぜだ?」「考え直してくれ」と何度も言ったそうだが、信之さんは理由を話さず「すみません」を繰り返すだけだった。
由美子さんは20代の頃、結婚をされたが、夫との仕事のすれ違いが重なり、離婚をされている。
その後、10年間独身。
きっかけはいつも由美子さんが買い物に行くスーパーで信之さんと何度もすれ違っていた。
特に気に留めてはいなかった由美子さんだった。
ある日、知人の営んでいる居酒屋へと行った際、いつもスーパーですれ違う信之さんがカンターで一人で飲まれていた。
どちらからともなく話しかけ、二人は意気投合した。
信之さんはとても物腰の柔らかい話し方をする男性。
そして、自分のことはあまり話さず、由美子さんの仕事の苦労話を一生懸命に聞いてくれた。
店を出るころには、信之さんに惹かれていた由美子さん。
そのとき、電話番号、メールアドレスの交換などをおこなった。
それから頻繁に由美子さんと信之さんは食事に行ったり、映画にも行った。
居酒屋で知り合って3週間後、信之さんが由紀子さんのマンションで一緒に暮らすことになった。
信之さんは会社の寮に住んでいたため、衣類だけを持って由美子さんのところへきた。
それからは楽しい日々が続いた。
由美子さんが夜勤のとき、朝に帰宅すると信之さんが食事を作っておいてくれた。
お互いの休みの日は、釧路湿原に行ったり、札幌まで遊びに行くこともあった。
夕暮れ時には、二人で歩いて幣舞橋まで行き、沈む夕日を眺めていた。
信之さんはいつも穏やかで由美子さんの話を嬉しそうに聞いてくれていた。
そんな信之さんがいなくなった。
由美子さんは、近所のスーパー、二人でよく行く定食屋、初めて会った居酒屋 など息が切れるほど探し回った。
だが、信之さんは見つからない。
信之さんの携帯電話も「現在使われていません」のアナウンスが流れるだけ。
眠れぬ日々を過ごした由美子さんは当社を訪れ、信之さんの行方調査を依頼された。
探偵が由美子さんに信之さんのことをうかがうが、由美子さんは信之さんのことをほとんど知らかなった。
釧路に来る前は神奈川県に住んでいたこと。
今は建設作業員をしているが、以前はまったく違う仕事をしていたとのこと。
これくらいしか知らなかった。
由美子さんは知り合った当初、信之さんにいろいろと聞いていたが、信之さんは自分のことを語りたがらなかった。
きっと辛い過去を持っているんだと思い、以降は信之さんの過去はあまり聞かなかったそうです。
探偵がさっそく調査を開始する。
探偵は信之さんが勤めていた会社へうかがう。
社長にお願いし、採用した際の履歴書を見せてもらう。
そこには神奈川県の住所が書かれていた。
探偵は様々な調査をおこなった。
信之さんの居所が判明する。
信之さんは、神奈川県のある町にいた。
信之さんは結婚されていた。
そして妻のところにいたのだった。
探偵は信之さんと接触をして、話をさせてもらう。
信之さんは20代の頃、医療機器メーカーの営業職として働いていた。
そのとき、一人の女性と知り合い、交際2年を経て結婚をする。
妻は山本美幸さん、職業は医師。
結婚当初は美幸さんも勤務医として働いていたが、実家が開業医だったため、美幸さんは実家で働くことになった。
その際、信之さんも会社を辞め、病院の事務職として働くことになった。
だが、それからが信之さんには辛い日々だった。
美幸さんの両親は医師ではない信之さんを常に卑下していた。
信之さんは、義両親からの不条理な扱いにも耐えていた。
2年後、長男が生まれる。
それからは、義両親の信之さんへの仕打ちはさらにひどくなったそうです。
まるで邪魔者のように扱われた。
ある日、妻の美幸さんに言われた一言で信之さんの心の糸が切れたそうです。
「あなたがちゃんとしてくれないと、子供がかわいそうなのよ」・・・・と。
翌日、信之さんは当てもなく車に乗り、北へ向かった。
車中泊をしながら、青森に到着する。
北海道函館行のフェリーに乗り、函館に降りた。
その後、初めての北海道を当てもなく走り続けた。
そして釧路にたどりついた。
信之さんは釧路に入り、幣舞橋からの夕日を見て、「生かされているだけ生きていこう」と思った。
そして、「作業員募集」という張り紙を見て、住み込みで働きだしたそうです。
由美子さんと暮らした日々はまるで宝石のような日々だったそうです。
そんな信之さんに会社宛てで、一通の手紙が届いた。
美幸さんからだった。
美幸さんの両親はすでに他界、美幸さんが病院を引き継いでいたが、そんな美幸さんは大病を患ってしまった。
余命1年。
美幸さんは長男はまだ16歳、藁にも縋る思いで信之さんを頼った。
興信所に依頼し、信之さんを探した。
信之さんの勤めている会社が判明し、美幸さんは信之さんに手紙を送ったのだった。
事情を知った信之さんは迷い、悩んだ。
だが、6歳の時に分かれた息子の顔が浮かび、決心した。
何度も由美子さんに話そうとしたが、話そうとすると涙があふれそうになり、言葉が出なくなったそうです。
そして手紙を置き、由美子さんのもとから去ったそうです。
信之さんは何度も、探偵に由美子にはすまないことをした・・・と繰り返していた。
探偵は北海道に戻り、釧路の由美子さんへ報告にうかがう。
探偵も何から報告すればよいか、言葉に詰まる。
だが、報告をしなければならない。
由美子さんはずっと下を向き、泣いておられた。
由美子さんは探偵につぶやくように言われました。
「誰も悪くないんです、でもでも辛いです」・・・・と。
