買い物公園を歩いても春風が心地よい5月。
旭川市在住の吉田直美さん(65歳)からご依頼をいただく。
内容は35年前に別れた息子 浩司さん(39歳)の所在調査であった。
直美さんは40年前に斉藤一郎さんと結婚された。
当時、直美さんは札幌に住んでいた。
夫 一郎さんは、父が開業している病院で医師として働いていた。
直美さんは病院の近くにある喫茶店で働いていた。
そこによく一郎さんがコーヒーを飲みに来ていたのがきっかけで交際が始まった。
その後、一郎さんのプロポーズを受けた。
だが、一郎さんの両親は猛反対する。
一郎さんは、親の反対を押し切って、なかば駆け落ちのように病院を辞め、旭川で直美さんと結婚をした。
そして一郎さんが旭川の病院で医師として勤めていた。
結婚して1年後、浩司さんが生まれた。
だが、結婚して5年後、一郎さんの父が病に倒れ、一郎さんは父の病院に戻ることになった。
直美さんと浩司さんも一緒に札幌へと戻った。
だが、義母との関係がうまくいかなく、直美さんは浩司さんと家を出る準備をしていた。
義母は事前にそれを知り、「出ていくんなら、アナタ一人でいきなさい、浩司を連れていくことは許しません」と言われ、
一人で家を出た直美さん。
その後、風のうわさで一郎さんが再婚したことを知った。
直美さんは何度も浩司さんに会わせてほしいと手紙を書いたが、封も切られず返送されてきた。
それから35年、直美さんは旭川で独り暮らしを続けていた。
いつも浩司さんのことを思い浮かべながらも、無事に成長することを願い続けていた。
先日、直美さんが病を患っていることが分かった。
そのとき、自分が生きているうちに浩司さんの姿を一目見たい、会えなくても写真だけでも見たいと探偵に依頼されたのだった。
さっそく探偵は調査を開始する。
浩司さんの住所は、直美さんが市役所に行き、戸籍を取得してもらい、容易に判明する。
浩司さんは、結婚して札幌に住んでおられた。
やはり医師として大学病院で勤務医として働いていた。
探偵は浩司さんの映像を多数撮影したのだが、やはりそれは違うと思い、直美さんに相談させていただく。
やはり浩司さんに了解を得たうえで写真を渡したいと直美さんにお話しをさせていただく。
そして直美さんに一通の手紙を書いていただき、それを浩司さんに渡し、了解を得ることにした。
三日後、探偵は勤務先から出てきた浩司さんに事情を話し、手紙を渡した。
浩司さんは、手紙を読み終えたと同時に探偵に聞いてこられた。
「母の住所を教えてください」と。
探偵はその場で直美さんに連絡、了解を得て浩司さんに直美さんの住所をお教えした。
なんと、翌日の土曜日、浩司さんは旭川へと向かったのだった。
浩司さんは、直美さんの顔を見たとたん、「お母さん、会いたかったです」と泣きながら言ってくれたそうです。
浩司さんも何度か直美さんのことを探そうと思ったそうだが、継母のこともあり、時間だけが過ぎていったそうです。
だが、いつも優しかった母親 直美さんのことは、はっきりと覚えていたそうです。
浩司さんは、直美さんに「お母さん、僕がいる大学病院へ入院してください」
「僕が絶対にお母さんの病気を治します」と言ってくれたそうです。
後日、探偵は直美さんから「来週から浩司の病院に入院します、病気に負けないで生き抜いていきます」と連絡をいただいた。