大通公園に初夏の陽ざしがそそぐ5月。
札幌市在住の佐藤健一さん(58歳)から調査を依頼される。
依頼内容は、自分を産んでくれた実母を探してほしいとの依頼だった。
健一さんは、高校入学のときに両親から自分が養子であることを聞いた。
健一さんは驚くとともに、いっぱいの愛情を注いでくれていた両親に感謝の気持ちがこみ上げてきたそうです。
そのため、健一さんは深く実母のことを両親に聞くことはなかった。
健一さんが25歳のとき、父 健太さんが病で55歳の若さで亡くなった。
30歳のとき、健一さんは結婚された。
健一さんは結婚後も一生懸命に母 尚子さんに親孝行をしてきた。
週に1度は孫を連れて尚子さんを訪ね、年に1度は尚子さんも連れて家族旅行に出かけた。
だが、尚子さんも昨年亡くなられた。
健一さんは一生懸命に親孝行をしてきたつもりだが、それでも、もっともっと親孝行がしたかった。
一周忌を終え、ポツリと浮かんだ。
「僕を産んでくれたお母さんは元気なんだろうか?」と。
妻 翔子さんに「僕を産んでくれたお母さんに会ってみたい」と相談した。
翔子さんも「人生にとってやった後悔より、やらなかった後悔が何倍も後悔するのよ」と促され、
当社へ自分を産んでくれた母を探してほしいと依頼をされたのだった。
さっそく探偵が調査を開始する。
探偵は健一さんに自分の戸籍謄本を取得してもらう。
佐々木幸子という女性から養子縁組がなされていることが表記されていた。
探偵は様々な角度から調査を進める。
調査は2ヶ月を要した。
健一さんを産んでくれた母 佐々木幸子さん(80歳)の所在を確認する。
幸子さんは札幌市手稲区に住んでおられた。
探偵は健一さんから「幸子さんに会って、自分と会ってもらえるのか?」を聞いてほしいとの要望がなされる。
探偵が幸子さんを訪ねる。
幸子さんは市営団地で一人暮らしであることは判明していた。
当社の女性探偵が日曜日 午後2時に訪問させていただく。
女性探偵は幸子さんにこれまでの事情をお話させていただく。
幸子さんはとても驚きながらも「あの子が、健一が私を探してくれているなんて」と言われた。
幸子さんは、女性探偵を部屋へ上げてくれ、当時の状況を話してくれた。
20歳で10歳年上の男性と結婚された。
そして健一さんを授かった。
だが、夫は肺を患っており、結婚半年後に亡くなってしまった。
戦後まだ15年、若かった幸子さんに子育てをしながらの仕事がなかった。
知人が間に入り、健一さんを養子に出すことを提案された。
だが、幸子さんは決心がつかない、身を割かれる思いだった。
知人が健一さんの養子を希望されている方の名前が「佐藤健太」
「健一」の「健」と同じ方が養父になってくれる・・・と思うと、やっと決心がついた幸子さんだった。
健一さんを佐藤家に渡すときの辛い記憶は今も鮮明に残っているそうです。
幸子さんは探偵に当時のお話をしながら、大きな涙をたくさん流されていた。
最後に健一の名前は「健康が一番大切」という意味でつけたんですよ・・・・と探偵に言われた。
探偵は幸子さんの家を出て、すぐに健一さんを訪ねた。
幸子さんから聞いた話をすべて健一さんにお伝えする。
健一さんも涙を流しながら、探偵の報告を聞いていた。
探偵の報告を聞いた健一さんはすぐに車に乗り、札幌へと向かった。
健一さんは幸子さんの家を訪ねた。
健一さんは「お母さん、僕を産んでくれて本当にありがとう」と泣きながら、幸子さんの手を握っていた。
健一さんはぐしゃぐしゃの顔で探偵に言われた。
「まだまだ親孝行ができますよ」・・・・と。
